メタカルチャー宣言

 

#005: 2010.10.22

『メタカルチャー宣言!』

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20世紀の超現実主義がフロイトの精神分析から生まれたように、
「ピカソの後、二次元アートは終わった」と言われている21世紀において、
現代西洋心理学の金字塔であるNLP(神経言語プログラミング)から
新芸術形態を生み出す目的で「メタカルチャー運動」が創始されました!

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『メタカルチャー FAQ、その 5』

皆さん、こんにちは。「変性意識の学際的研究家」、「メタカルチャー」クリエータの北岡泰典です。

私は、つい最近、新しい「文化運動」である「メタカルチャー運動」を立ち上げました。これは、私が 2001 年の英国滞在からの帰国後生業としてきている NLP (神経言語プログラミング) の業界外の一般市場向けの私の新プロジェクトです。

「メタカルチャー宣言」を含んだ「メタカルチャー」サイトは以下でアクセス可能です。

http://www.meta-culture.co/

以下、本第 5 号の内容は、以下の通りです。

@ メタカルチャー FAQ その 5
A メタカルチャー ワーク 12 月開催情報
B
メタカルチャー イブニング開催情報

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@ メタカルチャー FAQ その 5

FAQ MC Q9: 北岡さんは、「瞑想、催眠、NLP」の三位一体説を唱えているそうですが、この点について説明してください。

FAQ MC A9: 私は、最近、「催眠、NLP、瞑想」の三位一体説を唱えていて、これらは、究極的な意味では、すべて、同じ意識の状態 (もしくは方法論) を指している、と考えています。

まず、NLP は催眠の進化バージョンであることについては、本メルマガ第 2 号で、以下のように書きました。

「セラピー/カウンセリングの観点から NLP について語ると、NLP は (催眠療法の世界最高権威のミルトン H. エリクソンの『モデリング』から生まれたという意味から) 『催眠の進化バージョン』と定義することができます。通常は、深い夢遊病者的催眠状態でしか達成できない効果と同等もしくはそれ以上の効果を、ごく日常的な軽いトランス状態を使いながら達成することを可能にしているのが NLP です。」

もう一点、NLP 共同創始者のジョン グリンダー氏の、非常に興味深い定義が思い出されます。

同氏によれば、NLP と催眠を比較した場合、意識状態としては、催眠は NLP を含む (すなわち、超越している) が、モデリング方法論としては、NLP は催眠を含んでいる (すなわち、超越している)、ということです。

私は、個人的に、同氏に同意します。主な理由は、催眠は、もともとモデリングのツールであるわけではない、ということにあります。

NLP と瞑想の関係については、私は、最近、以下のような関連性を指摘してきています。

まず、以下を、私のメルマガ「これが本物の NLP だ!」第 77 号その他から引用します。

「私が 1983 年にアメリカで弟子入りしたインド人の師匠は、『瞑想は男性的で、左脳的です。一方、催眠は女性的で、右脳的です。これは、瞑想は (男性的に) ただ一人でその精神状態に入っていける一方で、催眠は、(女性的に) 他の催眠家の支援を借りてその精神状態に入っていくからです。しかし、その行き着く先の瞑想状態と催眠状態は、実は、一つの全体の半球どうしで、一枚のコインの裏表のようなもので、同一の状態です』と述べていましたが、私の過去 25 年の体験と実験から言って、(この言質が正しいという結論が出てきていないかわりに) 間違っているという結論もいまだに導き出されていないので、私は、現時点では、おそらく、私の師匠の主張は正しいと考えています。」

また、以下の引用は、NLP 共同創始者リチャード バンドラー氏の最近の著書からです。

「人々は、『催眠』と『瞑想』の差異について混乱している場合があります。私は、二つともよく似た状態だと思います。ただし、催眠には方向性、始める前に決めた目的がありますが、瞑想はもっと『無定形』です。個人的には、変性意識に入る場合、私は何かをしたいと思いますし、いつその状態に入っているか、いつ出てきているか知りたいと思いますし、その状態で何をしているか知っていたいと思います。瞑想には充分な方向性がありません。[このため、私は催眠の方を好みます。] しかし、要は、個人的な好みです。」

ということで、催眠状態と瞑想状態は、まったく同一ではないとしても、極めて相互関連性の深い状態という結論が導き出されると思います。

私のこれまでの個人的な体験から言っても、瞑想家が行っている瞑想誘導に立ち会っても、催眠家が行っている催眠誘導に立ち会っても、私としては、実質的に形式的にはほとんど何の違いを発見することもできないできています。最近、ある瞑想家に「瞑想と催眠は同じですよね」と語りかけたら、「そんなのは当たり前でしょう」という反応をもらったこともあります。

たぶん催眠を知らない瞑想家と瞑想を知らない催眠家は、「瞑想と催眠は異なるものだ」と主張する可能性があるだけだと思います。

以上のことを根拠にして、「瞑想 = 催眠 (= NLP)」の公式が成り立つと、私は見ています。

その意味で、60 年代および 70 年代初めのカリフォルニアでドラックの実験をしていた変性意識の研究家のほとんどは、その後インドの修行系の実践に走ったが (その先駆者は、超越瞑想のグル、マハリシ・マヘーシュ・ヨギに傾倒していて、ビートルズの他のメンバーを引き連れてマハリシに会いにいったジョージ ハリスンでした)、NLP 共同創始者のグリンダーとバンドラー (例外として唯一彼らだけは、と言っても、あながち誇張ではないと思います) は催眠に走ったのですが、そして、私自身、バグワン シュリ ラジニーシ (後の OSHO) の弟子として、瞑想系の精神世界の方法論から (偶然の成り行きとして) NLP を研究、実践することになったわけですが、もう一度ループを閉じる意味で、「NLP と催眠」についてのワークを継続しようとしているところです。

ちなみに、「70 年代初めのカリフォルニアでドラックの実験をしていた変性意識の研究家のほとんどは、その後インドの修行系の実践に走ったが ... NLP 共同創始者のグリンダーとバンドラー (例外として唯一彼らだけは、と言っても、あながち誇張ではないと思います) は催眠に走った」ことに関して追記すると、当時のセラピーの学派は何百と存在していたと思いますが、ほぼすべて現在まで存続していなくて、(当時、創始者が催眠に走った) NLP だけが「時の試練に耐えてきている」事実は、極めて興味深いと思います。

FAQ MC Q10: 「カウンターカルチャー」とは何ですか?

FAQ MC A10: (注: 本回答は、「北岡泰典メルマガ」第 4 号『カウンターカルチャーについて』の内容を本 FAQ のために引用編集したものです。) 現代では死語になっている感もある「カウンターカルチャー (対抗文化)」の端緒としては、プリヒッピー期のオルダス・ハックスリー著『知覚の扉 (Doors of Perception)』 (1954 年) が挙げられます。この書の中で、ハックスリーは、カクタス (サボテン) から抽出された幻覚剤メスカリン摂取から生じる知覚が鋭敏になった幻覚体験を詳述しました。ジム・モリソンが率いたロック バンドの「ドアーズ」の名前はこの書から取られています。また、ハックスリーは『モクシャ (Moksha、意味は「解脱」)』 (1977 年) という書も残していますが、これはハックスリーとハンフリー オズモンドというカナダ在住の英国人精神科医との間の幻覚剤の体験に関する書簡集です。実は、このオズモンドこそ、幻覚剤を意味する「サイケデリック」という言葉を作り出した人です。

この変性意識を作り出す体験に関する実験は、その後、ハーバード大学の心理学教員のティモシー リアリーとリチャード アルパートの LSD (1938 年にスイスのバーゼルにあるサンドス製薬会社の研究室でスイス人化学者アルバート・ホフマンによって麦角菌の派生物から合成された幻覚剤。米国で非合法化されたのは 1967 年) 実験に引き継がれます。リアリーとアルパートはこの実験のために 1963 年にハーバード大学を追放され、その後、二人は、ラルフ メツナーとともに『チベットの死者の書 - サイケデリック バージョン』 (1964 年) を書きます。これは、チベット仏教が言う死後の世界 (「バルド」) を LSD の幻覚体験の立場から再描写 (モデリング) した本です。

リアリーは、その後、「Turn on, Tune in, Drop out!」のモットーを唱えました。これは、LSD やサイケデリック物質で意識を拡張し (turn on)、より高次の意識に波長を合わせ (tune in)、自由な意識となって既成の社会からドロップアウト (drop out) せよ!、という意味で、ヒッピー文化の金科玉条となりました。一方のアルパートは、その後インド人導師に弟子入りし、精神的求道者となり、「ラム ダス」として『ビー・ヒア・ナウ』 (1971 年) を書きました (ラムダスとインド人導師との出会いについては、興味深いエピソードがあります)。この本も、ヒッピー文化の「バイブル」となりました。

LSD 実験者としては、もう一人、チェコ出身のトランスパーソナル心理学者のスタニスラフ グロフの名前を挙げることができます。グロフは、ユング派の精神科医で、60 年後半に LSD が非合法化されるまで、母国で LSD と心理療法を組み合わせたワークを行いました。著書には『LSD と心理療法』 (1980 年)、『深層からの回帰 (原題は『The Holotropic Mind』)』 (1992 年) 等があります。1967 年以降米国に移住し、LSD 非合法化の後は、呼吸セラピーである「ホロトロピック・ブレスワーク」を開発しました。私の個人的な理解では、この方法は「リバーシング セラピー」に近いものです。グロフは、1969 年設立のトランスパーソナル心理学会の初代会長です。

1960 年代初頭サンフランシスコのノース・ビーチに住み着いていた (プリヒッピーの) ビートニックが世俗化を嫌ってヘイト・アシュベリーに集まり始め、1967 年の「サマー オブ ラブ」現象で、ヒッピー化の頂点を迎えます。彼らは、主に大麻や LSD 等の「幻覚剤」を通じて、既成概念を超えた「代替的な生き方」を模索し、「反体制」的なライフスタイルを提案しました。伝統的な制度に反発し、縛られた社会生活を否定し、ベトナム戦争に反対し、自然への回帰を志向し、東洋的宗教への関心を寄せました。ヒッピー運動のキーワードは、長髪、ロック、マリファナ、サイケデリック、反戦、自然食、禅、密教、瞑想、フリーセックス等でした。

この運動はまたたくまに世界に広がり、たとえば、英国ロンドン市ウェストエンドのカーナビー ストリートはロンドンのヒッピー文化のメッカになりました。ロンドン北部のカムデンタウンもヒッピーの拠点になりましたが、カムデンタウンは、現在は、むしろパンクのメッカになっています。

この背景を元に、ビートルズは、1967 年 6 月に彼らの最高傑作とされる『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』をリリースするわけですが、このアルバムは、ビートルズのメンバーの幻覚剤の経験に強く影響されています。たとえば、このアルバムの「ルーシー・イン・ザ・スカイ・ウィズ・ダイアモンズ」という曲の頭文字は「LSD」です。

当時、ジョージ ハリスンが超越瞑想のグル、マハリシ・マヘーシュ・ヨギに傾倒していて、ハリスンはマハリシの講話に参加するためにビートルズの他のメンバーとともにインドに赴きました。ポール・マッカートニーとジョン・レノンはマハリシの講話そのものが胡散臭いと思うようになり途中で帰国してしまいますが、私は、この事件がきっかけとなって、西洋のヒッピーが大挙して、東洋のグルを求めて、インド、カトマンズー、チベット等に押しかける流れを作り出した、と考えています。

ビートルズとマハリシの出会いがなければ、私が 1983 年にアメリカ オレゴンで弟子入りしたインド人の導師バグワン シュリ ラジニーシ (1990 年 1 月に死去したときの名前は「OSHO」) のもとに 1960 年代後半から 1970 年代にかけて西洋人ヒッピーが数千人、数万人単位で弟子入りを求めてインドに集まってくるということもなかったのではないか、と私は考えています。

(ちなみに、私は、バグワンへの弟子入りを 1981 年にアルジェリアのサハラ砂漠で決意しましたが、そのときにはバグワンはすでに母国インドを離れ、アメリカ オレゴン州のコミューンに移住していたので、即アルジェリアからオレゴンに向かわず、約半年間、ヨーロッパ全土を放浪する旅に出ましたが、これは、60 年代に西洋人が踏んだ「ヒッピー → 精神世界」という轍を私も踏んでみたいと思ったからでした。)

ところで、ビートルズのアルバムのうちで、私が最高と思うものは、(「サージェント・ペパーズ」ではなくて) 当時 2 枚組みレコードで発売された通称「ホワイト アルバム」 (1968 年) でした。ジャケットは白色で、この中の「レボリューション 9」の曲等は、薬物系の幻覚体験をうまく聴覚的に表しています。また、1970 年 11 月に発売されたジョージ・ハリスンの 3 枚組レコード アルバムの「オール・シングス・マスト・パス (All Things Must Pass)」というアルバムは、私は、当時、発売直後にほぼリアルタイムで聴きましたが、非常に大きな衝撃を覚えたことを記憶しています。

私は、仮にカウンターカルチャーが存在しなかったら、ゲシュタルト、人間性心理学、エンカウンター、プライマル、リバーシングといった現代西洋心理療法も、これらの心理療法を基盤にして生まれた NLP も生まれえなかったと見ています。これは、以上のようなカウンターカルチャーと呼応して 1960 年代にアメリカで起こった、人間の可能性の開発を目指した「ヒューマン ポテンシャル運動」のメッカとして「エサレン研究所」がカリフォルニア州ビッグ サーに設立されたことを背景としています。この心理学・ボディーワークを学ぶ宿泊研修施設である研究所では、オルダス・ハックスリー、アブラハム・マズロー、フリッツ・パールズ、アラン・ワッツ、カール・ロジャース、グレゴリー・ベイツン、ジョン・C・リリー、ヴァージニア・サティア、リチャード・アルパート、ティモシー・リアリーといった蒼々たる人物がセミナーまたは実験を行いました。

ヒッピー文化 (すなわちカウンターカルチャー) は、1975 年のベトナム戦争の終結と当局の薬物に対する取り締まりにより、徐々に衰えていきます。その後、ヒッピー文化はパンク文化に変容していきます。

私は、個人的にはパンク文化は好みではありません。パンクは、音楽的には、たとえば、セックス ピストルズのようなバンドによって象徴されるのでしょうが、私には、「パンカー」はあまりにも攻撃的で、自虐的に思え、ヒッピーが信条にした愛と平和主義とはかけ離れているように思えてなりません。そうは言っても、現代音楽においてロックとパンクの違いはなかなか難しいようですし、たとえば、最近私が愛聴している「UK ロック」バンドのアルバムは、ほとんど「オルターナティブ & パンク」として分類されています。

この区別の曖昧さのために、私が、私のアイデンティティは (前ヒッピー文化の) ビートニック文化でも (ポストヒッピー文化の) パンク文化でもなく、ヒッピー文化にあります、と言っても、本紙面上で書いているようなカウンターカルチャーの詳細がわからないかぎり、その意味が通じないように思います。

どれだけカウンターカルチャー (すなわちヒッピー文化) が現代社会に (潜在的に) 影響を与えているかについては、巷にあふれている「ジーンズと T シャツ ルック」を見れば、一目瞭然ではないでしょうか?

さらに、私の世界地図の中では、現代社会に影響を与え続けているヒッピーの「申し子」として一番有名なのは、若者にドラック文化を定着させたティモシー リアリー (1920 年〜 1996 年) です。彼は、「筋金入り」の LSD 擁護者でしたが、そのカウンターカルチャー的な影響は絶大だと思います。

私は、1981 年以降 20 年近く欧米に住みましたが、ドラック文化が若者の間でどれだけ定着しているかは、日本人の想像をはるかに越えています。

欧米の若者のドラッグの使用風景は、たとえば、私の好きな映画の『モア』 (サントラはピンク フロイド、1970 年製作) や、最近知人から勧められて、DVD を購入して見てみたら、ロンドンのヒッピー文化揺籃期の雰囲気と非常に見慣れた森林公園の風景 (おそらく私が現在も SOHO を構えている場所の至近距離にあるハムステッド ヒースと思われます) が写っているのを知ってびっくりした映画『欲望』 (ミケランジェロ アントニオーニ監督、1966 年製作) 等の「ドラッグ パーティー」シーンにうまく描写されています。

私から『モア』の DVD を借りて、鑑賞したある日本人の方は、私に「あなたは、これを青春の思い出として大切にしているのですか? あるいは、当時の現象を描き出している、ドキュメンタリー的な要素を大事にしているのですか? それとも、こんな誘惑にあなたはどうするといったお誘いですか?」という質問をされましたが、私はこの方に、「変性意識的に言って、『モア』で出てくるドラック摂取シーンは、(この映画以降、と言っても間違いではないと思いますが) 欧米の若者の間で、いたるところで何千万、何億人という単位で繰り返されてきているものなので、以上のご質問はすべてある意味ではナンセンス化されてしまうのではないでしょうか、なぜならば、このシーンは、現在の欧米の日常の事実的描写にすぎないからです」と答えさせていただきました。

つまり、確かに、「麻薬」は欧米では非合法化されていますが、私の経験では、欧米では、(本メルマガの第 4 号でも指摘したように) 「ソフト ドラッグ」と「ハード ドラック」の違いが非常に明確になされていて、「ソフト ドラック」に含まれる大麻、LSD、(そして最近では) エクスタシー等の使用は、社会全体から (使用者の数があまりにも多すぎるので) 「ほぼ見て見ぬふり」の待遇を受けていて、日本における、非合法であるがほとんど捕まらない「立ちション」的な意味で見られています。大麻を合法化するヨーロッパの国も、オランダを含め、近年増えてきているようです。

ここで誤解がないように強調しておくべきことは、欧米の「ハード ドラック」には、アンフェタミン (覚醒剤)、ヘロイン、コカイン等の (ヘビー) ドラックが含まれ、欧米では、依存症、中毒症を呈するこれらのハード ドラッグに対しては、極めて強い拒否反応があるという点です。この点では、日本人の「十把一絡げ」的な「麻薬 (ヤク)」 (というラベルが貼られているものすべて) に対するアレルギー反応と西洋人の「ハード ドラッグ」に対する反応はほぼ同じと言い切れます。(私自身、「ハード ドラッグ」に対しては、首尾一貫して反対の立場を取ってきています。また、本メルマガ第 4 号でも申し上げたように、私は、国内における積極的な (ソフト) ドラッグ解放推進論者でもありません。)

このように、欧米では、非常に分別のある「大人」の反応が「ソフト ドラッグ」に対してなされていると、私は見ていますが、「ソフト」と「ハード」の区別ができない日本人にはこのような反応は期待できないのかもしれません。

この辺の日本における「非合理性」は、よく言われるように、現在非合法の大麻と比べて、合法のお酒や煙草の方がよっぽど人体に有害である、という点を考慮すれば、炙り出されてくるかと思います。

このような欧米のドラック文化を作り出した張本人は、リアリーだと言って過言ではないと思います。私は、彼の「反骨精神」は筋金入りだと思います。

この点については、天外司郎氏が茂木健一郎氏との対談 (講談社ブルーバックス『意識は科学で解き明かせるか』、2000 年) の中で (茂木氏の、日本の問題点は、本当の意味のカウンターカルチャー革命を経験していない点にある、アメリカ人は基本的な教養として、カウンターカルチャー体験を持っている、日本にはそれがなくて、意識の変性状態のようなテーマを研究するときの非常に大きな欠落になっている、という内容の発言に対して) 「日本の社会の大きな問題点は、カウンターカルチャーを経験していないことです」と述べていますが、私には、欧米の若者をここまでドラッグ文化に浸させる牽引力となったリアリー (さらには、ジョン リリー、スタニスラフ グロフ) のような「ガッツのある指導者」が日本に出てこなかったことが、このことの一番の要因のように思えます (私は、ここで、ある意味では、「言行不一致」 (つまりは「耳年増」) だった 60 年代の団塊の世代を「断罪」していると、見られても OK です)。

このため、60 年代、70 年代の日本には、ヒッピー文化は、ロック音楽、ニューシネマ映画を含めて「表面上の一過性のファッション性」だけが輸入されて、その背後にある深遠な哲学、生き方等の抜本的な背景は理解されないまま、この文化は線香花火のように消え去っていったように思われます。

私は、たとえば、現在のロック ミュージック、パンク ミュージックを始めとする現代西洋文化を真に評価することは、その源泉となっている 60 年代のカウンターカルチャーを「右脳」的に理解することなしには、とうてい不可能であろう、と考えています。

一つの例としては、最近、国内では、「エコ」はやりで、「エコカー」、「エコ機器」、「エコバッグ」、「エコ資源」とかいう言葉が実に頻繁に「お唱え文句」のように多用されていますが、日本人の多くは、これを「economical (経済的)」と思っている人が多いのではないでしょうか? 本来的には、これは「ecological (生態学的、自然に優しい)」の方であって、この意味では、エコが高くつく場合も多々あることになります。

さらに、最近 G7 や G20 の国際会議が欧米の都市で開催されるときに、必ずと言っていいほど、会場の外では反金融主義的な、暴力的な「アナーキスト」の群衆が銀行の窓ガラス等を割ったりしているのがニュースになります (日本ではまずありえないと思いますが)。

欧米では、このようなデモ隊を生み出すまでに、「ヒッピー -> パンク ロッカー -> ニューエイジ トラベラー -> 自然保護主義者 -> 環境保護団体 -> 反金融主義者またはアナーキスト」といった経路を経てきているという確固たる、厳然たる背景が存在していますが、日本では、そのような端緒および中間プロセスとしての文化的背景・哲学がまったく入らないまま、最終的産物としての目に見える商業的社会現象だけが輸入されているように見えてなりません。

ということで、国内には、ヒッピー文化の象徴であったドラッグ解禁運動も、ウーマンリブ運動も、菜食主義も、自然保護主義運動も、環境保護団体活動も、反金融主義運動も、ほぼ完全に輸入されてきていません。

特に、象徴的に言うと、私は 1983 年以来 (魚は食べる) 菜食主義者ですが、国内のコンビニで「ベジタブル サンドウィッチ」を買うと、「必ず」肉が入っている現象は、まさに笑止千万です (最近やっと一軒だけ、肉なしのベジタブルサンドウィッチを売っているスーパーマーケットを見つけることに成功しました)。

ちなみに、このような中途半端な海外文化の輸入のし方が、(セラピー、催眠だけでなく) こと NLP の受け入れ方にも当てはまっているような気がします。

現代社会に影響を与え続けている、もう一人のヒッピーの申し子として、NLP 共同創始者のジョン グリンダーを挙げたいと思います。

まず、グリンダー氏の 60 年代の活動については、私のメルマガ『これが本物の NLP だ!』第 31 号 (2005 年 4 月 21 日号) で、以下のように書かせていただきました。

「グリンダー氏の [2005 年 3 月の東京ビッグサイトで開催された『NLP リーダーシップで才能を開花させよ』という] ワークショップの当日 (実は、当日の朝グリンダー氏とともにワークショップ会場入りする直前に待機していた裏通路で)、私は、高校生時代 (1971年当時)、15 歳のときに、文化的に閉塞した関西のごく小さな地方都市で、ジェリー ルービンという『イッピー』 (米国西海岸文化において、ヒッピーの後に出現した、『Youth International Party (若年国際党)』の党員) の『Do It! (やっちまえ!)』という本を読み、衝撃を受けた覚えがあり、その『反体制的傾向』が 35 年後に、こうやって NLP を実践していることにつながっているのです、と同氏に立ち話として伝えたところ、なんと、同氏が、実は、自分は、1960 年代に当のルービンと一緒に活動していたイッピーで、SDS (民主的社会のための学生党) の一員で、ベトナム反戦運動等を行っていた、とおっしゃられたので、私はほぼ腰を抜かしました。

もちろん、私は、NLP の内在的な『因習打破的』な傾向のために、グリンダー氏は、NLP を創始する以前の 60 年代は、おそらく『左翼的』な活動をしていたのでは、と無意識的に推測してはいましたが、35 年前に、田舎の町で、私の『オルターナティブ (代替) な生き方』を完全に決定付けた本の著者とグリンダー氏が昔友人であったとは、夢にも思いませんでした。

私は、高校時代、左翼的学生運動にも関わった『遅れてきた青年』 (1971 年に地方都市で学生運動に参加した、という意味です) で、小説的には、大江健三郎の『日常生活の冒険』、『個人的体験』、『万延元年のフットボール』の世界に生き、音楽的には、ニール ヤングの『ヘルプレス』、『サザンマン』、『ダウン バイ ザ リバー』等に耽溺した青年でした。

また、当時、アングラ雑誌で、ラム ダス (リチャード アルパート) という元ハーバード大学の心理学者がインドの導師に会った際の出来事等を読み、瞑想や催眠等を含む『変性意識』の研究にも本格的に興味をもち始めたのも、感受性豊かなこの高校時代でした。(催眠自体に出会ったのは、私が、5 歳のときに入所していた、肢体不自由児を収容するカトリック系施設でしたが。)

以上のような、『原体験』ともいっていい、文化的背景 (特に、ルービンの『やっちまえ!』) を元に、私は 15 歳のときに、将来最終的には NLP という学問によって閉じられることになる『内的模索のループ』を開き始めたのですが、[...] グリンダー氏の口から直接、『私はルービンの友人だった』と聞き、巡りに巡ったそのループがやっと 35 年後に閉じられたような気もしました。

思うに、グリンダー氏も、40 年近くも経った今、日本のごく小さな地方都市の出身の日本人から『私は、35 年前に (あなたの友人であった) ルービンの本を読んで、人生が変わりました』といった言質を聞いて、ほぼ驚愕したのではないでしょうか。」

この引用の中の「イッピー」は、ヒッピーよりもさらに過激な政治色をもっていて、アナーキーな左翼集団の様相を呈していた集団でした。また、『Do It! (やっちまえ!)』は、極めて反体制的志向の強い、扇情的な挑発本でした。

私は、個人的には、日本にカウンターカルチャーが根付かなかった大きな理由は、上述された欧米の人々のように、さまざまな分野において、気骨とガッツのある、革新性に富んだリーダーが生まれなかったことだと考えています。

このことに関連して、しばらく前に、あるテレビの番組で、元プロ野球選手で元参議院議員の江本孟紀氏 (彼自身団塊の世代です) が、団塊の世代の自己矛盾は、その前の世代が軍国主義から民主主義に一夜で転向したことを見てしまったためだったのではないかといった議論がされているときに、「団塊の世代は確かに『言行不一致』だった。彼らは、今後、退職してから死ぬまでに 10 年から 20 年の余生の人生があるが、その間に何らかの『落とし前』を取ってもらう必要がある」という意味のことを発言していました。

(ちなみに、この江本氏の「団塊の世代は言行不一致だった」という発言は、グレゴリー ベイツンの「ダブルバインド (二重拘束)」と密接な関係があります。このことについては、また本メルマガの将来の FAQ で別途詳述しいたいと思っていますが、簡単に言うと、ダブルバインドの犠牲者は「自閉症気味」、「引き篭もり」にならざるをえないという点から言っても、現在の国内の 60 万人のニート族を作り出しているのはまさしく「言行不一致だった団塊の世代」であると、私は、個人的には結論付けています。)

私は、個人的には、江本氏に同意します。このことについては、(別な場所で書いた) 以下の私自身の文を引用したいと思います。

「ひょっとしたら、私は、団塊の世代の人々が私に教えた、学生運動、ロック ミュージック、ドラッグ カルチャー、カウンター カルチャー、精神世界等に関連した生き方を、当の世代の人々は、その後企業に就職することで『アンフィニッシュド ビジネス (未解決の問題)』として頭の片隅に残してきたままでいる一方で、『彼らにみごとに踊らされてしまった』私は、まさしく大江風に『遅れてきた青年』として、その後の人生で、すべて、実践、実験、体験してきた、という究極の逆説を示唆しているのかもしれません。(その意味で、私は、今後急増していく団塊の世代の退職者の方々に対して、彼らの求める最も適したライフ コーチング (生き方のオリエンテーション) を提供できるという、絶対的自信をもっています。)」

非常に僭越な言い方になるかもしれませんが、団塊の世代の最善の落とし前の取り方として、まず、カウンターカルチャーの落とし子である現代心理学の NLP を右脳的に学ばれて、その後その NLP が土台としている思想的潮流を、これも体験的に、遡及的にさかのぼっていくという方法が幸運にも存在している、と提案させていただきたいと思います。(そして、まさにこの提案に基づいて、私は最近「メタカルチャー運動」を立ち上げた次第です。)

私は、本紙面で紹介した、さまざまなカウンタカルチャー運動家に共通する生きざま (エートス) を 1970 年代以来首尾一貫して究極まで踏襲してきている (そして、その集大成として NLP を発見した) という自己認識がありますが、この意味において、自分自身を「(1972 年当時で時計の止まった) 永遠のヒッピー」と形容することがあります。(非常にうがった見方をすると、私は 1971 年に高校に入学した後、高校在学時に、当時国内ではリアルタイムで流行っていた文化政治的運動としてのカウンターカルチャーの洗礼をもろに受けたわけですが、人生でもっとも多感な時期である 15、16 歳のときにこの洗礼を受けた「ポスト団塊の世代」である私が 40 年経った今も、ヒッピー性を主張し続けているのも、いわば必然なことなのかもしれません。)

また、その意味から言っても、若者のオピニオン リーダー的存在であったと私が理解しているジャズと映画の評論家だった植草甚一氏に習って、1960 年代に生まれた、私には普遍的な「人間性回復運動」に思える極めて重要な社会文化運動 (私にとっては「ヒッピー運動」と呼ばれるべきものですが) を、21 世紀に、その集大成的な意味合いのある NLP という方法を通じて、新しい「メタカルチャー運動」の中で再度正統な形で復興させていくことに関して (たぶん「平成の植草甚一」として) オピニオン リーダーになれれば、と願っているところです。

(編集後記: 本号の草稿を読まれたある方から、「この紙面を読んでも、北岡氏自身の『顔』が浮かびづらいところがあるという印象をもちます。ご自身の (サハラ砂漠、オレゴン州の師匠のコミューン、英国等での) 個人的な体験としてさらにもっと赤裸々に語っていただけたらと希望します」という事前感想を受けました。私自身、大学時代に、大江健三郎を目指し、小説家になろうとしていて、自費出版系の文芸誌等に (プルースト風の) 『過去への旅路』といった短編小説を投稿していましたが、もろもろの理由から「筆を折った」後は、私小説的な傾向はほとんど排し、より抽象性、普遍性を求める生き方に舵を取り直した経緯がありますが、しかし、この方の事前感想は興味深いと思いました。今後は、本メルマガの FAQ では、なるべく、自分自身の人生に落とし込んだ具体的な体験談を交えながら、質疑応答していきたいと思っています。)

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A メタカルチャー ワーク 12 月開催情報

このたび、21世紀の新芸術形態を生み出すべく、革新的「メタ(超越)心理学」の方法論であるNLP(神経言語プログラミング)に基づいた「メタカルチャー運動」が創始されました。

20世紀最大の芸術運動のシュールリアリズム(超現実主義)は、深層心理と潜在意識を扱ったフロイトの精神分析から生まれましたが、同様に、無意識(マインド)と意識(マインド)を超えた超意識(メタマインド)への「進化」を可能にさせる、NLPに基づいたメタカルチャー的視点から新しい21世紀の芸術形態が生まれるであろう、とメタカルチャー運動の発案者である北岡泰典は確信しています。

今回、メタカルチャー運動創始の記念イベントとして、メタカルチャーワークを紹介する目的で、北岡のこれまでの「メタマインドワーク」に基づいた、特別4日間ワークの 12 月開催が決定しました。

ワークのタイトルは「無意識から超意識へ:二元論脱却のための脱催眠法」で、前半の2日間は12月4日、5日に有楽町国際フォーラムで、後半の2日間は12月11日、12日に汐留ホテルヴィラフォンテーヌで開催されます。

以下が、ワーク内容です。

前半の2日間では、主に、超意識(メタマインド)に向かうために必要なプロセスである、自分自身の無意識を完全把握し、かつ、意識と無意識の間でのラポールを確立するためのワークが紹介、実践されます(ミルトン H. エリクソンによれば、クライアントが心理的、身体的に「病気」になる理由はたった一つで、それは、意識と無意識の間にラポールが欠如しているからです)。

方法論としては、催眠に基づいた無意識ワークとNEWコードNLPワークが活用されます。

後半の2日間では、20世紀の催眠療法の最高権威とされているミルトン H. エリクソン式の「エリクソン催眠ワーク」が紹介、実践されます。このワークでは、ワーク参加者に実際にエリクソンの肉声を聞いていただきますが、NLPの「ミルトンモデル」の観点からエリクソン自身の誘導法を完全分析するという、世界的にも他に類を見ないのでは、と思っている北岡の「自信作」です。

言い換えると、前半の2日間のワークでは、我々は、いわゆる覚醒状態でどれだけの間催眠もしくはトランス状態に入っているか(=無意識であるか)を自己認識し、そこから意識へ覚醒するだけでなく、無意識と意識の二元論を超える(=メタマインドに進む)実用的なプロセスを実感することができます。後半の2日間のワークで、催眠法を完全習得することによって、そのメタマインドに向かうプロセスを可能にする「脱催眠法」を完全習得することになります。

この4日間ワークは、「アングラ」、「サブカル」、「カウンターカルチャー(対抗文化)」といった「非主流的カルチャー」に興味がある方で、メタカルチャー運動に基づいた21世紀の新芸術形態の創出に興味があれば、NLPあるいは催眠に関して、事前の知識なしに参加することができます。

なお、「無意識から超意識へ:二元論脱却のための脱催眠法」とコンテンツ的に類似したワークが今夏河口湖合宿ワーク (5 日間) として開講されました (そのときのワーク タイトルは「無意識活性化/技能ブラッシュアップ夏季河口湖合宿ワークショップ」でした)。そのときの参加者の非常に興味深い「ワーク後感想」が私のメルマガ「これが本物の NLP だ!」の第 161 号で引用されています。この感想は以下のサイトで閲覧可能です。

http://www.creativity.co.uk/creativity/jp/magazine/special/161.htm#feedback

また、本メタカルチャーワーク参加希望者で、まずワークファシリテータの北岡のワークに実際に触れてみたい方には、同じくメタカルチャー記念イベントの一環として開催される「メタカルチャーイブニング」ワークショップ(10月25日、11月16日開催予定)に参加されてみることをお勧めします。

【メタカルチャー ワーク開催概要】

日   時 :

   「無意識から超意識へ:二元論脱却のための脱催眠法」前半2日間
    12月4日(土)、5日(日)10:00〜18:00  東京有楽町国際フォーラム

   「無意識から超意識へ:二元論脱却のための脱催眠法」後半2日間
    12月11日(土)、12日(日)10:00〜18:00  汐留ホテルヴィラフォンテーヌ

会   場 :

12月4日 (土)、5日 (日)   

   東京国際フォーラム
    〒100-0005 東京都千代田区丸の内3丁目5番1号
    電話 : 03-5221-9000
    アクセス: http://www.t-i-forum.co.jp/function/map/

12月11日 (土)、12日 (日)    

    ホテル ヴィラフォンテーヌ汐留
    〒105-0021 東京都港区東新橋1-9-2 汐留住友ビル内
    Tel:03-3569-2220 / Fax:03-3569-2111
    アクセス: http://www.hvf.jp/shiodome/

   (会場は、変更されることがあることを予めご了承ください。)

参 加 費 : 全4日間で32万円プラス消費税(計336,000円)
           (これは、メタカルチャー運動創始記念キャンペーン価格です)
定    員 : 15名限定
講   師 : 北岡 泰典 (プロフィール)
参 加 資 格 : 特にありません。(「再受講」の場合は再受講参加費が適用されます。詳細は別途メールでお問い合わせください。)
主   催 : 株式会社 オフィス北岡 (CEO 北岡泰典)

申 込 方 法 : 以下のページの申し込みフォームからお申し込みください。折り返し、参加費支払い方法等の情報をお伝えします。

http://www.meta-culture.co/works/meta_work/

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B メタカルチャー イブニング開催情報

今回、メタカルチャー運動創始の記念イベントとして、メタカルチャー ワークを紹介する目的で、「メタカルチャー イブニング」ワークショップ シリーズの開催が決定しました。

本ワークショップ シリーズは、原則として、月一回のペースで、計 88 回の開催を予定しています。(北岡の NLP 資格コースでは、プラクティショナー コースで 44 個の自己変容・自己実現テクニックが紹介され、マスター プラクティショナー コースでも 44 個のテクニックが紹介されますが、このことにちなんで、本ワークショップ シリーズでも、毎回 1 個の異なるテクニックを紹介するワークが計 88 回開催されるものとします。)

第1回目の「メタカルチャーとは何か?」は 10 月 25 日に、第2回目の「サブカルとは何か?」は 11 月 16 日に開催されます。その後のワークとして予定されているトピックには、「NLP とは何か?」、「シュールリアリズムとは何か?」、「変性意識とは何か?」、「マインドとノーマインドを超えたメタマインドについて」、「メタ意識状態について」、「トランスについて」、「潜在意識、無意識、意識、顕在意識の差異について」、「催眠について」、「脱催眠について」、「瞑想について」、「ヒッピー文化について」、「化学的に誘発された変性意識について」、「世阿弥の離見の見について」、「個人的天才になるための必要条件について」、その他があります。

本ワークショップ シリーズの参加資格は特にありませんが、特に、「アングラ」、「サブカル」、「カウンターカルチャー (対抗文化)」といった「非主流的カルチャー」に興味がある方で、メタカルチャー運動に基づいた21世紀の新芸術形態の創出に関心がある方を歓迎します。

なお、北岡のさらに本格的なメタカルチャー ワークに触れてみたい方には、 12 月 4 日、5 日および 11 日、12 日の 4 日間開催されるメタカルチャー ワーク記念イベントである「無意識から超意識へ:二元論脱却のための脱催眠法」ワークへの参加をお勧めします。

【メタカルチャー イブニング開催概要】

第1回メタカルチャー イブニング: 「メタカルチャーとは何か?」

日   時 : 10月25日 (月) 19:00 〜 21:30

    第1回ワークでは、新芸術運動のメタカルチャーの定義が紹介されます。
    自己変容テクニックとしては、最重要の「SRCF/C (状態管理・ラポール・
    カリブレーション・柔軟性・首尾一貫性)」技能のうち、「状態管理」のため
    の「アンカーリング」テクニックが紹介、習得されます。

第2回メタカルチャー イブニング: 「サブカルとは何か?」

日   時 : 11月16日 (火) 19:00 〜 21:30

    第2回ワークでは、メタカルチャーのベースとなっているサブカル (サブ
    カルチャー) を含めた「フリンジ (非主流) カルチャー」についての考察が
    なされます。
    自己変容テクニックとしては、最重要の「SRCF/C (状態管理・ラポール・
    カリブレーション・柔軟性・首尾一貫性)」技能のうち、短時間で「ラポール
    形成」を可能にするテクニックが紹介、習得されます。

会   場 :
        ホテル ヴィラフォンテーヌ汐留
        〒105-0021 東京都港区東新橋1-9-2 汐留住友ビル内
        Tel:03-3569-2220 / Fax:03-3569-2111
        アクセス: http://www.hvf.jp/shiodome/

       (会場は、変更されることがあることを予めご了承ください。)

イブニング参加費 : 一万円プラス消費税 (計 10,500 円)
定    員 : 15名限定
講   師 : 北岡 泰典 (プロフィール)
参加資格 : 特にありません。
主   催 : 株式会社 オフィス北岡 (CEO 北岡泰典)

申込方法 : 以下のページの申し込みフォームからお申し込みください。折り返し、参加費支払い方法等の情報をお伝えします。

http://www.meta-culture.co/works/meta_evening/


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